そう、いつだってあなたの手が。
私を導いてくれたの。
激痛が、エステルの全身をつらぬいた。
「エステル!」
「いやああああっ」
ごう、と風が吹く。
その中でユーリはエステルの名を叫ぶ。
この風に負けぬように。この声が届くように。
――――必ず取り戻す!
「エステル!」
重力を感じさせない球体の中、エステルは首を振った。
「だめ…力が抑えられない…怖い……!!」
脳裏によみがえる光景。
慈しむ心を大切に、と言い残して消えたベリウス。
自分が治癒術を施したせいで死んだ、彼女。
あの時とは比べ物にならないくらい力が周りに広がっている。
(このままじゃ、みんなが…ユーリが…!)
怖い。怖い。どうしたらいい。どうすればいい。
わからない。力が抑えられない。
両腕を抱くエステルの目から涙がこぼれる。
透明な滴はしかし、地に落ちることなく弾けて消えた。
「弱気になるな、エステル! 今助けてやる!」
そう叫ぶと、ユーリは船先をダンっと蹴った。
そのままエステルへまっすぐ手をのばす。
「…!」
エステルもほとんど無意識に手をのばした。
半透明な球体の外に、揺らがない黒耀の瞳がある。
そう、いつだってユーリの手が導いてくれた。
旅を続けたいと言った自分に、手を差し出して。
そうこなくっちゃな、と片目をつぶって笑った。
検士特有の、自分とは比べられないくらい硬いまめができた手。
何度も自分の手を包み込んでくれた優しい手。
離したくない。彼が恋しい。
あなたが手をのばして、私は――――。
光が弾けた。
強烈な光と激痛で一瞬視界が白くなる。
反射的に目をつぶったエステルに、ユーリの声が聞こえた。
「ユーリ!!」
急激に彼の姿が遠くなる。 自分の力でユーリが飛ばされたと気づいたとき、エステルは絶望した。
かろうじてロープにつかまったユーリが、エステルに目を向けた。
右手で口元を覆い、新たに涙がこぼれるのが見えた。
「エス…」
飛ばされた衝撃で声がうまく出ない。
ここからではあそこに届かない。
――――あと少しだったのに…!
ぱたぱたとエステルの頬に涙が落ちる。
(もう、あなたの手を取れない)
自分の力は破壊でしかない。触れたら傷つけて――殺してしまうかもしれない。
だから、ごめんなさい。
二度と言うなと言われたけれど。でも。
悲しみに満ちたその翠の瞳を認めて、嫌な予感がした。
――――エステル…?
何かを押し殺すように目を閉じたエステルの唇が動く。
「これ以上…誰かを傷つける前に…お願い…」
――――『殺して』。
小さなその懇願は、たしかにユーリの耳に届いた。
……届いてしまった。
息を呑んだユーリに、エステルの絶叫と先ほどより強い力の奔流が押し寄せた。
ぐらっとバウルが傾く。
「エステル――――!!」
つかもうとした手は、届かない。
叫んだ声は、届かない。
(さよなら…ユーリ……)
薄れていく意識で、エステルは彼の笑顔を浮かべた。