もし、ユーリが私に剣をむけるなら。
 その時はきっと私が悪いんです。
 



オレが君に手を伸ばして





「これ以上…誰かを傷つける前に…お願い…」
 あの時と同じことを、エステルは繰り返した。
 ――――それが、お前の選んだ道か。
 エステルの剣をはじき返す。
 一呼吸おいてから、ユーリは押し殺した声で告げた。
「今…楽にしてやる…」
「ユーリ!」
 非難をこめた声が3つ聞こえた。
 エステルがふっと目をそらす。
 意識がないはずのエステルのそのしぐさに、ユーリは眉をひそめた。
(やっぱりな)
 エステルは死を心から望んでいない。
 ただ、そうすることが一番いいと、それだけで自分に頼んだ。
(……ばかやろうが…!)
 いつも彼女はそうだ。
 他人ばかりで、自分の本当の気持ちを押し殺す。
 選べ、と何度も言ってきたのに、今またエステルは本心を偽る。
 ユーリがダッと駆け出す。
 半瞬遅れて、エステルが防御の構えを取る。
 ガキンと刃がぶつかる。
 自分を見るその目に明らかな戸惑いを見て、ユーリは叫んだ。
「目を覚ませ、エステル!」
「わたし…っ。いや…!もう、もう…」
 涙はこぼれない。だがエステルはたしかに慟哭していた。
 力任せになぎ払われた切っ先を回避し、ユーリは剣を構えたまま距離を取る。
「オレの目を見ろ、エステル!」
 何がしたいか、本当はどうしたいか。
 本当に殺してほしいなら、俺の目を見て言え。
「……っいやあああ!」
 絶叫しながらエステルが間合いに突っ込んでくる。
 わざとワンテンポ遅れて避ける。腕に薄い赤い線が入った。
「……っ!」
 息を呑んだエステルにわずかに隙ができる。
 後ろを取ったユーリが、無防備になった背中に手刀を叩き込んだ。
 息を詰まらせながら振り返ったエステルに、ユーリは剣を振り下ろす。
「きゃああああっ」
 エステルの悲鳴が響く。
 ガキィンと音がして、剣が宙を舞った。
 それと同時にエステルの体が地を滑る。
 くるくると回転しながら落ちてきたそれをユーリがつかんで、息を吐いた。

 振り下ろすと見せかけ、手首を返してエステルから剣を放すことがユーリの目的だった。
 そして
防御したときの衝撃でエステルを転倒させようとしたのだ。
 しかしエステルの力も強く、ユーリも剣を跳ね飛ばされた。
 エステルの剣の腕は確かだと身をもって知った。

 荒く息をしながら、エステルがふらっと立ち上がる。剣を握り締める手はかすかに震えていて。
 ユーリには、エステルにもう戦う力が残されていないことが分かっていた。
 腕を押さえながら、ユーリはエステルに一歩近づいた。
「戻ってこい、エステル!」
「…っ」
 エステルがひきつれたように息を吸い込む。
 がたがたと、剣を持つ手が震えた。
 もう一歩、さらに。
「お前はこのまま、道具として死ぬつもりか!」
 うつむいたエステルの肩が震えた。
 キン、と音を立てて、エステルの手から剣が落ちた。
 カロルが、リタが、ジュディスが、レイヴンが目を瞠る。
 エステルの周囲に光の粒子が現れる。
「…わた…、…わたしは…っ」
 本当の望みは。
 エステルの目に光が戻る。透明な雫が頬を伝う。
「――――私はまだ、人として生きていたい!!」
 そう叫んだ瞬間、押し込められていた力が天を衝いた。

 太陽の光が戻る。
 気が抜けたように、エステルはその場に倒れこんだ。
 大きく息を吐き、ユーリは額の汗をぬぐった。
「やった!エステル、目が覚めたんだね!」
 カロルが飛び跳ねた。リタも泣きそうな表情で息をはいて、ハッと顔をこわばらせた。
「待って! システムが…!?」
 倒れたエステルの周りに、再びエアルの術式が現れた。
 怒りを示すようなまがまがしい赤。球体はバチバチと音を立てて、力が増幅する。
「アレクセイの剣が要だったんだわ。このままでは……!」
 ジュディスが歯噛みした時。
 エステルの絶叫が響き、力が爆発した。