たとえるなら、それは

「ユーリって、百合みたいです」
 エステルの言葉に、言われた本人は目を丸くする。
「……。シャレか?」
「ちがいますっ。ユーリを花にたとえるなら、百合が一番似合うな     
って思ったんです」
「オレが花、ねぇ。ガラじゃねぇな」
 髪をかきあげて、ユーリは明後日のほうを向いた。
「ユーリ、百合は嫌いです?」
「いや。だいたい花ってのは、きれいな人間に似合うもんだろ? オレは…」
 ふつりと、ユーリはそこで黙り込んだ。
 緩く左手を握りしめて、表情が黒髪に隠れて見えなくなる。

 聞かなくてもわかった。ユーリは、自分がきれいな善人の手をして
いないことを言おうとしているのだ。
 エステルは口を閉ざしてユーリの横顔を見つめた。
「…花なら、エステルのが似合ってるさ。百合がかわいそうだぜ?」
 気分を変えるように茶化すユーリは、エステルに視線を戻した。
「…かわいそうじゃ、ないです」
 怒ったような、それでいてどこか泣き出しそうな目をして、エステル
は呟いた。
 虚をつかれたユーリは、瞬くことも忘れたようにエステルを見つめる。
 ゆっくりと眼差しが変わる。
「ユーリは、きらいですか?」
「…なにが」
 低い声に、エステルはまとまらない思考を必死で言葉にする。
「きれいなものとか、明るい…陽だまりみたいなものが、です」
 善人に似合うような、世界の光が。
「嫌いじゃないさ。ただ」
 ひどく遠いものに思えるだけで。
「そんなことっ」
「オレにとっては、エステルだって遠いよ。正反対だからな」
 苦笑気味にユーリは言った。
 半分冗談で、半分は本気で。
 彼女の優しい心は、自分の選択した道とは対極のものだ。
 エステルの笑顔が、ときどきとてもまぶしくなる。
 あのとき差しだされた手を、汚してしまったんじゃないかと馬鹿なこと
を考えもする。
「……ユーリの…」
 押し殺した声が耳を掠めた。
「エステル?」
 がばっと立ち上がって、エステルは憤怒の表情で叫んだ。
「…ユーリなんか、だいっ嫌いですっ」
 突然の「大嫌い」宣言に、ユーリの頭が真っ白になった。

 わけがわからない。

「ユーリなんて、ユーリなんて…。ザギとずっと切り結んでればいいんです!」
「うわ、それはまじでかんべんしてくれ…」
 あんなやつと二度と関わりたくない。だがエステルはユーリの呟きを無視
して言い募る。
「ずっとずっと…そうやって怖がってて、一人でも平気だって嘘ついて。
それでザギと戦ってればいいんです!」
 ぎゅっとスカートを握り締めて、エステルはそこまで言った。
「……」
 呆然としたユーリは、視線を泳がす。
 なんというかいろいろつっこみたいのだが、ここまで怒るエステルは見た
ことがない。
 どうしていいかわからない。

 ポタン、と雫が落ちた。

 雨かと思ったら、エステルの涙だった。
「ここまで言えば…」
 ぽつんと呟く。
 自分を見下ろす翡翠の目から、ぱたぱたと涙がこぼれていく。
「ここまで言えば、正反対じゃないって、言ってくれます?」
「は?」
「これだけ酷いことが言える私は、絶対善人じゃありません。いい人は…
好きな人に大嫌いなんて、言いません。嘘でだっていいません」
 絶対に言いません。でも私は言える。だから、いい人なんかじゃない。
 しゃくりあげながら、エステルは途切れ途切れに言った。
「エステル…」
「気高くて、凛としていて。どの花に囲まれても決して埋もれない白い花。
いつも自分で道を選んで歩くユーリと、すごく似てます」
 ぐいぐい目元をこすって、エステルは微笑んだ。
「ね?」
「…かっこよすぎるんじゃないか? お姫様によると、オレは怖がりで
嘘つき野郎だろ?」
「う…っ。だってユーリがそう言うと、本当に現実になるんじゃないかって
不安になるんです」
 明るい日の差す世界が遠いとユーリは言った。
 本当に、暗闇にまぎれて彼の姿が見つけられなくなりそうで。
「でも、ひどいこと言ったのは事実ですね。ごめんなさい」
 素直に謝るエステルを、ユーリは不意に抱きしめた。
「ゆっ、ユーリ!?」
「オレのほうこそごめん。冗談にしちゃ、タチが悪すぎたな。不安にさせて
悪かった」
 左手で軽く2回、エステルの桃色の頭を叩く。
「どこにも行かねぇから、安心しろ」
 硬直していたエステルだったが、その言葉にふわりと微笑んだ。

 ユーリが時折見せる穏やかな眼差しや、優しい声。
 今いる世界の光と、何が違うだろう。
 皮肉屋で面倒くさがりに見えて、でも困っている人は危険とわかっていても
助けようとする、優しい人。

 ユーリの腕から解放されたエステルは、うっすら頬を染めつつ言った。
「やっぱりユーリは、百合の花が似合います」
「何回聞いてもシャレっぽいな。他になんかないのかよ」
「いいんです。あ、私に似合う花ってなんだと思います? せっかくだから、
ユーリが考えてください」
「はぁ? …しょうがねえな。あんま知識ねぇから、期待はするなよ」

 困ったように笑うユーリの眼差しはやわらかく。
 凛と咲き誇るかの花が、彼の後ろに見えた気がした。

       

the NAME of FLOWER


前からユーリは百合が似合いそうだなって思ってて、今回やっと形になりました。でも彼は自分のやったことをわかってるから
素直に反応できないんじゃないかと。
(本人の元来の性格もあると思うけど、素直なユーリってどうなんでしょう・笑)

ええと、舞台は明示してません。藤乃が(前からのネタとはいえ)勢いで書いたシロモノなのと、
「こういう会話は別にどこでしたっていいじゃないか!バウルの船でも、地上でも!」
というなんとも適当な想像力にお任せしたいというのが理由です。

エステルバージョンも、そのうちに。