君のためにできること

 星が瞬いている。
 ぼんやりとその輝きを見上げて、コレットは小さく息を吐いた。
「……コレット?」
 背後からかけられた声に、コレットは我にかえる。
「あ…ロイド」
「どうした? もしかして、天使疾患の名残があるのか?」
 心配そうに覗き込んでくるロイドに、コレットは笑って首を振った。
「ううん。それはもうだいじょぶ。ちょっと星が見たかっただけだから」
「本当か?」
「ほんとだよ。ごめんね、心配かけて」
「ああ、いや…。うん、なにもないならいいんだ」
 歯切れ悪く言って、そのままロイドは視線を逸らした。
 
 コレットが夕飯の後に一人で外に出たことはすぐ気がついた。
 すぐ追いかけてもよかったが、コレットが自我を取り戻した今、四六時中ついてやらなくても大丈夫。
 それに誰だって、一人でいたい時がある。コレットがそうしたいならそれを大事にすべきだ。
 そう思ったが、やはり心配で出てきてしまった。
 今日の昼間のことがなければ、きっとコレットが戻ってくるのを待っていられたのだろうが。

 ――――今日、シルヴァラントで新たに精霊を解放した後。
 不足した食料を補うために一行は買出しをしていた時のことだ。
「――…、もっぱらの噂だ」
「しかしああして救いの塔は現れているのに…」
「最近の地震は、じゃあなんなんだ?」
「…どうなっているんだろうな、世界再生は」
 メンバーの多くは内心ぎくりとした。ゼロスとリフィルは、どこか冷めたような表情だった。
 途切れがちな会話から考えればすぐわかる。
 シルヴァラントに、救いの塔が現れた。
 神子が世界再生の旅に出ているはずなのに、生活は変わりがなく、あげくに地震まで起きはじめた。
 神子は今何をしているのか。世界はどうなろうとしているのか。
 不信感とも呼ぶべき波紋が広がっているのだ。
「失敗したのか…?」
「いや、詳しくは知らないが神子の旅というものはかなり危険なものらしい。途中で逃げだした可能性も
ある」
 無責任極まりない発言に、ロイドとジーニアスの眉がはねあがった。
「……ちょっと荷物見ててくれ」
「待ちなさい二人とも。今彼らの所へ行っても何も変わらないわ。余計なトラブルは避けるべきよ」
「でも、姉さん!」
 言いかけたジーニアスに、コレットが笑いかける。
「ケンかはやめよう? みんながわかってくれてるんだもん。へっちゃらだよ。ね?」
「コレット…」
「ありがとう、わたしのために怒ってくれて。わたしはだいじょぶだから、早く行こう。今は精霊を解放
することを考えなきゃ」
 いったん置かれた荷物をコレットが二人に差し出す。
 不承不承ながらも、ロイドとジーニアスはうなずいた。

(やっぱり気にしてるだろうな。でもコレットが悪いんじゃないのに)
 コレットが世界を救おうとしていたことは事実で、今もそのために旅をしている。
 しかしそれは、人々には決して知られない。昼間も人間も含めた多くの人間は『世界再生』という結果
のみを享受して、その過程で神子がどのような気持ちでいるかなど、考えないのだろう。
 それが悲しかった。悔しかった。そして知ったからこそ、大切なコレットを助けたいと思った。

「――――…星がね。すごく綺麗でしょ」
 ふいにコレットが言った。
「手を伸ばせば、届くような気がしたの」
 両手を空に向かって伸ばす。今にも消えそうな気がした。
「あのね、ロイド。わたし、救いの塔で天使になるまでは、一人で世界が救えるって、ほんとに信じてた。
だってそのための神子だもの。こんな綺麗な景色が守れるなんて、わたしは幸せだって。…でも違った」
 ゆっくり手を下ろして、コレットはロイドへ向き直った。
「一人でも救えたと思うけど…でもみんなで世界のために旅をしてる今のほうが、ずっと強く世界のこと
を想えるんだ」
 感覚が戻って。ロイドたちが変わらずに自分を受け入れてくれて。

 けれど時折思うのだ。自分が戻ってきて本当によかったのか。自分は逃げ出したのではないかと。
 決して言えない思い。
 それは大切な人たちが危険を冒して取り戻してくれた『コレット』を否定することになるからだ。
 揺れていた時に、ロイドが世界統合を提案した。
 そしてそのために動き出して、自分の気持ちがわかったのだ。

 みんなと一緒なら絶対にうまくいく。世界をもっといい姿にできる。神子としての役目から逃げたわけ
ではなかったのだと。

「再生を待ってる人には信じてもらえないかもしれないけど、でもだいじょぶだって言える。みんながいて
くれるから」
「そうだよ。だいたいコレットだけに全部任せてるのが間違いだ。なんでコレットがみんなのために頑張る
のが普通で、他の奴がコレットのために動くことがダメなんだよ。そんなの、おかしいだろ。オレは、オレたちは、
世界全部が敵になったってコレットの味方だからな」
 だから、とロイドは右手を差し出す。
「指きり。どんなことがあっても、傍を離れないって約束」
 一瞬、コレットは目を丸くした。だがすぐに嬉しそうに笑う。
「うん。ロイドの傍を離れても、幸せになれないってわかったから…約束だよ」


“ONE for ALL, I for ONE.”
(お前がみんなのために命をかけるなら、オレはお前のために命をかけるよ)