NO.12

 「――――ナタリア、起きて」   
「……ティア……?」   
 目を開けると、心配そうに覗き込んでくるティアの顔があった。   
 目をこすりながら起き上がると、そこは自室のベッドの上だった。   
「わたくしは…」   
「ちょっと席をはずして戻ってきたら眠っていたから…。何度か声をかけたんだけど起きなかった   
から、しかたなく運んでもらったの」   
 勝手に入ってごめんなさいとわびるティアに、笑って首を振る。   
 それよりも。   
 運んでもらった?   
「最初は渋っていたんだけど…私より彼のがきっと起こさずに運べると思って」   
 彼?   
 まさか、と思考が覚醒したのとほぼ同時になにやら言い争う声が。   

「――――だから、ナタリアが大丈夫だって言うんだよ。あいつがそういう時は何言ったって全然   
聞かないことは知ってるだろ?」
「うるせぇ! そこを何とかするのがてめえの役目だろうが!」
「ナタリアの婚約者はお前だろ!? だいたいお前が言うほうがナタリアだって聞くさ」
「自分を卑下するんじゃねえ! それでもファブレ家の人間か!」
「アッシュ!」
 外で罵りあいをしていた赤毛の男子二人は勢いよく開いたドアと、同じく勢いのある声に同時に
そちらを見る。
 ナタリアが叫んだそのままの勢いでアッシュに頭を下げた。
「すみません、アッシュが運んでくださったのでしょう? 来てくださったのに失礼なことをしましたわ」
「……偶然だ。顔だけ見て戻ろうと思ったが、こんなことになっているとはな」
 完全に取り残されたルークは、ナタリアの後から出てきたティアに「俺、邪魔かな」と若干へこみ気味
に聞いた。
 そうね、とティアは苦笑してから完全に外野を忘れた二人を見つめる。

 偶然と言いながら顔だけ見にきたというアッシュは、どこか矛盾している発言に気づいているだろうか。
 ついでなら、戻るじゃなくて帰るとか、言いようはいくらでもあるのに。
 動揺しているのかしら、とティアは沈黙の下で思った。
「……とにかく、体は万事の資本だ。お前が倒れてしまっては元も子もない。今回はあい
つと俺がいたからよかったものの、次からは早めに休んだほうがいい」
「ちょっと待て! 俺も―――むぐぐ」
 俺もいたじゃねーか! と至極まっとうなルークの抗議をティアは制した。
「今は静かにしてなさい。せっかくいい雰囲気なんだから」
「……わかったよ」
「分かりましたわ。ごめんなさいアッシュ」
 しゅんとしたナタリに、幾分か―――本当に幾分か口調を和らげ、アッシュは無言で右手を出した。
「これはお前にやる。休憩のときにでも、菓子の足しにしたらいい」
 差し出された右手には青い包み。開くとそこには――――。
「まあ、ミュウのクッキーではありませんか! ティア、見てください。可愛いですわよ」
 少し前に夢で見た、あのお茶会のときのクッキーがそのまま入っていた。
「夢と同じですわ…」
「夢? ああ、さっき言っていた、アレね?」
「ええ、あれですわ」
 なにやら盛り上がる少女二人に、ルークは待ったをかけた。
「なんだよ二人して! っつーかミュウの夢ってなんだ!?」
「ミュウの夢ではありませんわ。……そうですわ、四人で少しお茶でも飲みませんこと?
夢のこともお話しますから」

 

 それから約10分後、話を聞いたルークが大笑いし、アッシュの怒りを買ってしこたま殴られた
のは、また別のお話。