episode 1

 

 

 歌が聴こえた。昔―――というにはまだ少し最近の、日々に。
 ゆるりと目を開けて、泣きたくなった。

 彼女がいる。

  2年前よりは、少しまとう雰囲気がやわらかくなったように思う。
 ああ、それでも。ここからではよく分からない。
 背を向けたティアがどんな表情でいるのか、ルークには見えない。
 自分を見た彼女はどんな顔をするのだろう。
 怒るのか、泣くのか、――――笑ってくれるだろうか。
 一歩、そちらへ踏み出す。
 歩き出した彼女が立ち止まって、綺麗な長い髪がふわりと揺れる。
 振り返ったティアを見て、ルークはかすかに笑った。

 

 

君に、一筋の未来を

 


「あのときは本当にびっくりしましたわ」
「ほんとだよねぇ。ま、なにが一番びっくりしたって言ったら…」
「ティアがルークに抱きついたこと!」
 ナタリアとアニスが異口同音に言う。
 背中で交わされるやり取りにティアは真っ赤になる。
「も、もうその話はいいでしょう!? あれは、その、つい」
「照れなくたっていいのに。ティアがルークのこと好きだったのみんな知ってたし。気づいてないの
なんかルークだけだったよね、ナタリア」
「そうですわね。でも、ルークの気持ちはティアも気づかなかったようですし、ひきわけですわね」
 ティアの髪を丁寧に梳きながら、いつもの守護役服ではないよそ行きの格好をしたアニスが笑う。

 ちなみに男性陣は別の部屋に追い出してある。
 現在ティアの部屋には、女性陣3人しかいない。
 華やかな女同士の世界で、一同はルーク生還の日を語らっていた。
「ま、ルークとティアだしねぇ」
 アニスの横でティアに華やかな髪飾りをあてがい、使うものだけを脇の机に並べているナタリアも頷く。
「この日が迎えられて、本当によかったですわ」
「そんな、大げさよ」
 うつむくティアを鏡越しに見たナタリアが「いいえ!」とこぶしを握る。
「女性の晴れ舞台ですわ。ここで感慨を覚え、気合をいれずにいつ入れるのです!」
 ティアの髪を器用に纏め上げながら、アニスもそうそうと頷く。
「めいっぱい気合入れて、ルークを驚かせなきゃね。あと金持ちのボンボン…じゃないや、素敵な男の人
見つけなきゃねっ」
 いつもどおりなアニスの玉の輿計画にティアは苦笑いを返す。
 外見はすっかり年頃の少女だが、中身はまったく変わらない。
「お色直しもありますし、ヴェールがありますから…アニス、これでよくて?」
「うん、完璧。じゃあそろそろ仕上げちゃお」

 

 数分後。服装を整えたルークはナタリアたちに呼ばれた。
 落ち着かなげにグレーコートのネクタイをいじるルークの背中を、ガイがばしばし叩いている。
 ジェイドは軍務のため、皆よりは遅れてくるらしい。
「すっごく綺麗になってるから、ルークびっくりすると思うよぉ」
「アニスとわたくしですものね」
 楽しげに交わされる会話に緊張しつつ、ドアをノックする。
 ややおいて「どうぞ」と返事が聞こえ、控え目にドアを開ける。
 振り向いたティアを見て、ルークは言葉を失った。
 ごゆっくりー、と閉められたドアにも気付かないくらいに。
(びびびびっくりなんてもんじゃねー!)
 普段は下ろされている髪を高く一つに結いあげているせいで、輪郭の細さが遠目でもわかる。
 真っ白なドレスとヴェールに包まれたティアはほんのりと頬を染めている。
「あ、あの……どう、かしら?」
「…あっ、えっと、すごい、その」
 きれいだ、となかなか言えない。
「な、なんていうか、その、俺いいのかな…」
「え?」
 さんざん口ごもって、出てきた言葉は一つの不安。
「その…こんな幸せでいいのかなって、その、ティアを幸せにするのが俺で本当にいいのかなって」
 守れるだろうか、ずっと、そばにいられるだろうか。
 彼女を悲しませることがないだろうか―――。
 ふと、ティアはため息をついた。
「ばか。ルーク、あなた私たちのこれからがいいことばかりなんてまさか思ってないわよね。辛いことも
苦しいことも、全部まとめてあなたとの未来なの。あなたを見てるって、言ったでしょう?」
 病める時も、健やかなる時も、ともに在ることを。
 その未来を。
「……そうだな。うん。ありがとう、ティア」
 君と生きる未来を。
「俺さ、やっぱり馬鹿だから、また不安になると思うけど…でも、ティアと生きたい。まだこの世界に、
いたいんだ。それだけは、ぜったい変わらないよ」
「ルーク…」
 一つ笑って、ルークは手を伸ばす。
 ティアの指先を取って、今度ははっきり伝える。
「すげーきれいだよ。俺にはもったいないくらいの花嫁だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



6月ですね!これから毎週何かしら結婚に関するお話をアップしていきます。一週目はルクティアにしましたが・・・。
なんかすでに終りっぽくなってしまってすみません(滝汗)最初なんで幸せいっぱいにしようと思ったらこうなりました。
でもちゃんと最後の週まで書きます!
最後に「花嫁」というワードを出したかったので、それまでの文中では出さない(出てないはず)かつ状況はわかりやすく!を目指していました。伝わったでしょうか?
来週もどこかで更新しますので、お待ちいただけたら嬉しいです。