episode2
「力を貸して、バウル」
 彼女はそう言った。
 
 
 

刹那の刻を、君に

 
 
 

「おはようバウル。いい天気ね」
 フィエルティア号の甲板に出たジュディスは、船の上の巨体に話しかけた。
 バウルと呼ばれる始祖の隷長もまた、人語ではない言葉でその言葉で答える。
『早いね、ジュディス。どうした?』
「ちょっとね。……この前、怒られてしまったの、私。彼らに」
 テムザ山でね、とジュディスは言った。
 船先――バウルの顔に一番近い場所まで軽快な足どりで来ると、ジュディスは目を閉じた。
「一人で世界を救ってるつもり? 馬鹿じゃないの。……って。ギルドの仲間を傷つけるのは
許さないとも言われたわね」
 その会話なら、うっすらと覚えている。完全な始祖の隷長になる直前で、かなり意識は朦朧
としていたが。
「おかしな人たちね。でも……不思議な気持ちだった。自分のしてきたことが間違いだったとは
思わない。ヘルメス式はいずれ世界を壊してしまう。父さんのしたことを止めるのは、きっと、
ヘルメスの娘で、人魔戦争を見た私がすべきこと。あなたに、無理なことをお願いしたあの時から
ずっと変わらずに」
 
 人魔戦争を引き起こしたヘルメス式魔導器。世界にいくつあるのかもわからないそれを、彼女は
壊すのだと言った。
『……知っていて何もしないのは、知らないのとおなじ。だからどれだけ時間がかかっても、私は
あきらめない』
 だから力を貸して。私のために、バウルの長い時の中のその刹那を切り取って。
 いつまでかかるか定かではない時間を、一緒に生きて。
 魔物と恐れられる自分に、ジュディスはそう言った。
 そしてバウルもその時心を決めたのだ。
『分かったよ、ジュディス……ヘルメスの愛娘。君の望むようにしよう』
 生きるも死ぬも、君とともに、と。

「壊すという形ではなくなってしまったけれど、それでも始祖の隷長たちは分かってくれるかしら」
 そして最も危険な「満月の子」を、殺さずに何とかするという選択を。
 声音に不安が混ざっているのを感じて、バウルは穏やかに言った。
『容易ではないと思う。あの方たちは世界の守護者だから、危険はすべて排除したいと思うだろう。
それでも君は一度、あの方たちに自分の覚悟を認めさせている。君に、あの時のようなまっすぐな
気持ちがあれば、可能かもしれない』
 不意に、ジュディスが問いかけた。
「バウルはどう思ってくれているの?」
 愚問だとは思うけれど、と付け足したジュディスに、正直に言う。
『満月の子は危険だ。それはまぎれもない事実ではある。だが君を変えたのもあの少女で、そのおかげで
君が今ここにいる。僕とジュディス2人ではなく、仲間とも呼べる集団の中に。それは君にとってとても
いいことだと思うよ。今のジュディスは肩の力が抜けて、自然体に見えるから好きだ』
 ジュディスの世界が広がったからだと思う。実際、どこかすっきりした顔をしているし。
『僕は君といるよ、ジュディス。君と約束したから』
 力を貸そう。君のために、僕の長い時の中の、その刹那を使おう。
 いつまでかかるか分からない、その決意の果てをみるために、君とともに生きよう。
「……ありがとう、バウル。あなたがいてくれてよかった」
 ジュディスは綺麗な笑みを浮かべた。それはまだ誰も見たことがない、とても綺麗な笑顔で。
 いつか来る彼女の終わりまで、できるなら共にありたいと思う。
 
 この刹那を、君のために。
 
 
 
 
 
 


 

 

 



ジューンブライド企画第2弾はバウジュでした。……もしかしてこれマイナー!?私としては結構ありだと思ってたんですけども。
平家物語の木曽義仲とその奥さんの巴御前の関係が好きで、話のイメージにしています。義仲がいよいよ危ないってとき、
彼は巴さんを逃がそうとします。巴さんは自分の戦う姿を義仲に見せ(これがかなり凛々しいです。容赦ないです)、
義仲の言葉に従いその場から逃げました。行方はつかめなかったんじゃないかな?
とにかくそういう、生きるも死ぬも君次第っていうあの絆がとても憧れていたんです。花嫁っぽくはないですが、これも一つの形ということで
読んでいただけたらうれしいです。