LOVE,LOVE,LOVE, FOR YOU
「・・・・・・誰からです?」
「あんたのこと好きな男から。婚約指輪だと」
こともなげに言ったユーリとは対照的に、エステルは真っ赤になった。
みるみる着ている蒼いドレスとは対照的な色合いになっていく。
小さなその白い箱を握り締めて慌てだす。
「そんな、受け取れないです。顔も知らないですし、いきなり婚約だなんて…それに」
そこでハッと口をつぐむ。
上昇し続ける体温にあせってしまう。
「なんだ?」
「・・・ユーリの意地悪」
すべてお見通し、という笑みを浮かべながら、ユーリはエステルの翡翠の瞳を覗き込む。
エステルの言いかけた言葉を知っていながら、意地悪に問いかける。ためらっている理由もわかっていて。
帝都に戻ったエステルは、ユーリに想いを告げて、告げられて、その時にひとつの約束をした。
必ずいい副帝になる。みんなが生き方を選べるような世界に、いつか。
自分の生が終わるまでに世界は落ち着けるだろうか。分からない。けれど。
『わたしの夢と、みんなの笑顔と、どちらもあきらめません。とりあえず1年帝都でがんばってみようと思います』
それまでは、どんなにさびしくても辛くても、ユーリには甘えない。
どんなに好きでも、その気持ちは言わない。言わないでほしい。でないと止まらなくなるから。
『そっか。じゃあ・・・エステルが言葉どおり頑張れたらご褒美やるよ』
『ご褒美です?』
『そ。たとえば、そうだな――――』
一緒にまた旅に出る、とかな。
そう笑って、くしゃりと頭をなでてくれた。
片方の口はしをあげた、皮肉屋なユーリらしくて、エステルの大好きな笑顔で。
たしかにそう言ったのだ。
「約束、覚えてくれてるんだって思ってました」
「覚えてるけど?」
なら、とエステルは顔を上げた。
「顔も知らない方からのプレゼントは受け取れないです。ユーリたちと旅をするのに、そんな中途半端なことできません」
本音を少し偽って、エステルはユーリにきっぱり告げた。
ユーリたちと旅ができる。それは本当。けれどそれだけではない。
ユーリとまた同じ時間をすごせる。
一緒にいられる。
――――あなたが好きって、言える。
それ以上に望んでいることなんてないのに。
もう一度箱を握り締めたエステルの手に、それより大きな手が重なる。
そのままユーリは両手でエステルの両手を包み込んだ。
「ユーリ・・・?」
「届けもん。今日渡せって言われた」
包んでいた手から小さな箱を取り、ユーリは目を細めた。
「たまにはムード読めって、ボスからのお達しだ」
「・・・・・・え?」
ムードを読め? ボスからのお達し?
ユーリの言うボスは、もちろん凛々の明星の首領であるカロルだ。
それは・・・どういう意味?
自問したエステルはひとつの可能性に行き着き、エステルは目を見開いた。
「ユーリ・・・これは、この指輪は誰からのものです?」
もう一度問う。わずかな期待を込めて、大きな不安を押し込めて。
「言ったろ? あんたのことが好きな男からだよ。――――お前の目の前のな」
視線を明後日の方向にやり、ユーリは少し怒ったように言う。
それが照れ隠しだと、エステルにも分かっていたけれど。
それ以上にどうしていいかわからなくて、ギュッとユーリにしがみつく。
「エステル?」
「すみません…あの、どうしましょう…混乱してしまって、今すごく変な顔してます」
「エステルの変な顔なんて見慣れてるっての。いまさらだな」
呆れたようにユーリは言いながら、エステルが痛くない程度に抱きしめる。
桃色の髪が後ろで一つにあげられているせいで、彼女の陶磁器のような肌に朱が散っているのが丸わかりで。
自分はそれも知っているのに、それでも隠すエステルが愛おしくて、ユーリはふっと笑った。
「……今ユーリ笑ったでしょう」
「いや?」
「いいえ、絶対笑いました。相変わらず意地悪です、ユーリ」
いまだに顔を上げないエステルだが、だいぶ落ち着いてきたようだ。
「意地悪なのはエステルだろ? これ、婚約指輪だって言わなかったっけ」
「言いましたけど…」
「まだもらってないんだけどな」
体を離して、ちゃんと正面から顔が見えるように向き合う。
「答えは決まってるだろ?」
返事。とユーリが言えば、エステルはむっとした顔で下から睨む。
「言いません。これが婚約指輪っていうのは聞きましたけど、肝心のユーリの告白聞いてませんから」
「オレの奥さんになってください」
「もっとまじめに言ってください! もう、せっかくのプロポーズなのに」
これは逃げられないな、とユーリは内心で深くため息をついた。
恥ずかしくてしょうがないから、できるなら避けて通りたかった道だが、見逃してくれそうもない。
いじめすぎたかな、と若干後悔しながら髪を掻く。
「しょうがねーな…。あー、改まって言うのはなんなんだが…エステル」
「はい」
「結婚するぞ」
「――――はい!」
「うそっ! それで終わりなわけないでしょ青年!!」
「これだけだよ。信用ないのな、オレ」
「こんだけラブ・フラグ立てあって! チッスの一つもなし!? 年頃の青年少女のやることじゃないわよ!」
ダングレストに戻ったユーリは、仲間からの(主にレイヴン)執拗な頼みで、無事婚約に至ったことを報告していた。
エステルが「皆にも聞いてもらいたいです」と言わなければ、こんな頼みごとは即刻却下している。
ちなみにエステルはさすがに連れ出してくるわけにも行かず、後日改めて盗み出してくるつもりである。
「でもよかったねユーリ! 結婚式はいつにするの? 2人のためならボク頑張るから、何でも言ってね」
「ふふっ、私もお手伝いするわよ。ようやく形になったんだもの。よかったわ」
含み笑いで「それだけでは終わらなかったんでしょ?」と暗に問うジュディスの視線に、ユーリは肩をすくめる。
カロルは純粋に喜んでいるのだし、その辺の若干艶めく話は伏せておいてもいいだろう。
――――おそらく察しているとは思うが。
「はーぁ…おっさんつまんないわぁ。結婚式なんてまだまだ先でしょ?」
「さぁ、どうだかな?」
案外すぐかもしれないな、と声には出さずに、いつもよりは少しだけやわらかく笑った。
ああ、こういうの、幸せっていうのかもな。
「――――ユーリさんが来たんですね、エステリーゼ」
「ヨーデル! ……はい」
翌朝。エステルの部屋を訪れたヨーデルは、一目見て状況を察した。
左手の薬指に光る指輪を見て、ヨーデルはやわらかく目を細めた。
「よかったですね。…ずっと、待っていたんでしょう」
「知ってたんです!?」
「見ていればわかりますよ。これからいろいろ動き出さなければいけませんね」
ユーリとエステルは身分が天地ほど違う。
そうたやすく結婚などできないだろう。それでも。
できるなら少しでも多くの人に祝福されるように。
そのために、少しずつ今から動き出していく。ゆっくりとでも確実に。
「まだ世界は混乱にあります。時間はかかるでしょうが…僕も手伝いますよ、エステリーゼ」
ユーリとエステルが、ともに歩んでいける未来を、と。
「ヨーデル…ありがとう」
ヨーデルの言葉が嬉しくて、ともに祝福を受けられるのがユーリで。
ああ、なんて幸せなんでしょう。
ちゃんとプロポーズ、してくれましたから。
だから今度は私から。
好きです。
好きです。
ユーリのことが、大好きです。