episode4
 そう、わたしの好きな彼はいつだって『彼』なのだ。
 帝都ザ―フィアス。城で政務に励むエステルのもとに、久しぶりにユーリが訪れた。
 エステルの部屋のバルコニーに立って、2、3回窓を軽くたたく。
 何度言っても城の正門から入ってこないユーリだが、彼なりに理由もある。
 エステルにはまだ言っていないが。
「ユーリ! お久しぶりです、元気です? 今日はどうしたんです?」
 矢継ぎ早に質問してくるエステルに、ユーリは苦笑しながら左手を軽く振った。
「届けもん。今日渡してほしいって頼まれた」
 ひょいっと投げられた小さな箱を手のひらに収めて、エステルはきょとんとした。


 


 

 
LOVE,LOVE,LOVE,         FOR YOU

 

 

 
「・・・・・・誰からです?」
「あんたのこと好きな男から。婚約指輪だと」
 こともなげに言ったユーリとは対照的に、エステルは真っ赤になった。
 みるみる着ている蒼いドレスとは対照的な色合いになっていく。
 小さなその白い箱を握り締めて慌てだす。
「そんな、受け取れないです。顔も知らないですし、いきなり婚約だなんて…それに」
 そこでハッと口をつぐむ。
 上昇し続ける体温にあせってしまう。
「なんだ?」
「・・・ユーリの意地悪」
 すべてお見通し、という笑みを浮かべながら、ユーリはエステルの翡翠の瞳を覗き込む。
 エステルの言いかけた言葉を知っていながら、意地悪に問いかける。ためらっている理由もわかっていて。

 帝都に戻ったエステルは、ユーリに想いを告げて、告げられて、その時にひとつの約束をした。
 必ずいい副帝になる。みんなが生き方を選べるような世界に、いつか。
 自分の生が終わるまでに世界は落ち着けるだろうか。分からない。けれど。
『わたしの夢と、みんなの笑顔と、どちらもあきらめません。とりあえず1年帝都でがんばってみようと思います』
 それまでは、どんなにさびしくても辛くても、ユーリには甘えない。
 どんなに好きでも、その気持ちは言わない。言わないでほしい。でないと止まらなくなるから。
『そっか。じゃあ・・・エステルが言葉どおり頑張れたらご褒美やるよ』
『ご褒美です?』
『そ。たとえば、そうだな――――』
 
 一緒にまた旅に出る、とかな。

 そう笑って、くしゃりと頭をなでてくれた。
 片方の口はしをあげた、皮肉屋なユーリらしくて、エステルの大好きな笑顔で。
 たしかにそう言ったのだ。

「約束、覚えてくれてるんだって思ってました」
「覚えてるけど?」
 なら、とエステルは顔を上げた。
「顔も知らない方からのプレゼントは受け取れないです。ユーリたちと旅をするのに、そんな中途半端なことできません」
 本音を少し偽って、エステルはユーリにきっぱり告げた。
 ユーリたちと旅ができる。それは本当。けれどそれだけではない。
 ユーリとまた同じ時間をすごせる。
 一緒にいられる。
 ――――あなたが好きって、言える。
 それ以上に望んでいることなんてないのに。
 もう一度箱を握り締めたエステルの手に、それより大きな手が重なる。
 そのままユーリは両手でエステルの両手を包み込んだ。
「ユーリ・・・?」
「届けもん。今日渡せって言われた」
 包んでいた手から小さな箱を取り、ユーリは目を細めた。
「たまにはムード読めって、ボスからのお達しだ」
「・・・・・・え?」
 ムードを読め? ボスからのお達し?
 ユーリの言うボスは、もちろん凛々の明星の首領であるカロルだ。
 それは・・・どういう意味?
 自問したエステルはひとつの可能性に行き着き、エステルは目を見開いた。
「ユーリ・・・これは、この指輪は誰からのものです?」
 もう一度問う。わずかな期待を込めて、大きな不安を押し込めて。
「言ったろ? あんたのことが好きな男からだよ。――――お前の目の前のな」
 視線を明後日の方向にやり、ユーリは少し怒ったように言う。
 それが照れ隠しだと、エステルにも分かっていたけれど。
 それ以上にどうしていいかわからなくて、ギュッとユーリにしがみつく。
「エステル?」
「すみません…あの、どうしましょう…混乱してしまって、今すごく変な顔してます」
「エステルの変な顔なんて見慣れてるっての。いまさらだな」
 呆れたようにユーリは言いながら、エステルが痛くない程度に抱きしめる。
 桃色の髪が後ろで一つにあげられているせいで、彼女の陶磁器のような肌に朱が散っているのが丸わかりで。
 自分はそれも知っているのに、それでも隠すエステルが愛おしくて、ユーリはふっと笑った。
「……今ユーリ笑ったでしょう」
「いや?」
「いいえ、絶対笑いました。相変わらず意地悪です、ユーリ」
 いまだに顔を上げないエステルだが、だいぶ落ち着いてきたようだ。
「意地悪なのはエステルだろ? これ、婚約指輪だって言わなかったっけ」
「言いましたけど…」
「まだもらってないんだけどな」
 体を離して、ちゃんと正面から顔が見えるように向き合う。
「答えは決まってるだろ?」
 返事。とユーリが言えば、エステルはむっとした顔で下から睨む。
「言いません。これが婚約指輪っていうのは聞きましたけど、肝心のユーリの告白聞いてませんから」
「オレの奥さんになってください」
「もっとまじめに言ってください! もう、せっかくのプロポーズなのに」
 これは逃げられないな、とユーリは内心で深くため息をついた。
 恥ずかしくてしょうがないから、できるなら避けて通りたかった道だが、見逃してくれそうもない。
 いじめすぎたかな、と若干後悔しながら髪を掻く。
「しょうがねーな…。あー、改まって言うのはなんなんだが…エステル」
「はい」
「結婚するぞ」
「――――はい!」

 
 
「うそっ! それで終わりなわけないでしょ青年!!」
「これだけだよ。信用ないのな、オレ」
「こんだけラブ・フラグ立てあって! チッスの一つもなし!? 年頃の青年少女のやることじゃないわよ!」
 ダングレストに戻ったユーリは、仲間からの(主にレイヴン)執拗な頼みで、無事婚約に至ったことを報告していた。
 エステルが「皆にも聞いてもらいたいです」と言わなければ、こんな頼みごとは即刻却下している。
 ちなみにエステルはさすがに連れ出してくるわけにも行かず、後日改めて盗み出してくるつもりである。
「でもよかったねユーリ! 結婚式はいつにするの? 2人のためならボク頑張るから、何でも言ってね」
「ふふっ、私もお手伝いするわよ。ようやく形になったんだもの。よかったわ」
 含み笑いで「それだけでは終わらなかったんでしょ?」と暗に問うジュディスの視線に、ユーリは肩をすくめる。
 カロルは純粋に喜んでいるのだし、その辺の若干艶めく話は伏せておいてもいいだろう。
 ――――おそらく察しているとは思うが。
「はーぁ…おっさんつまんないわぁ。結婚式なんてまだまだ先でしょ?」
「さぁ、どうだかな?」
 案外すぐかもしれないな、と声には出さずに、いつもよりは少しだけやわらかく笑った。
 
 ああ、こういうの、幸せっていうのかもな。
 
 
「――――ユーリさんが来たんですね、エステリーゼ」
「ヨーデル! ……はい」
 翌朝。エステルの部屋を訪れたヨーデルは、一目見て状況を察した。
 左手の薬指に光る指輪を見て、ヨーデルはやわらかく目を細めた。
「よかったですね。…ずっと、待っていたんでしょう」
「知ってたんです!?」
「見ていればわかりますよ。これからいろいろ動き出さなければいけませんね」
 ユーリとエステルは身分が天地ほど違う。
 そうたやすく結婚などできないだろう。それでも。
 できるなら少しでも多くの人に祝福されるように。
 そのために、少しずつ今から動き出していく。ゆっくりとでも確実に。
「まだ世界は混乱にあります。時間はかかるでしょうが…僕も手伝いますよ、エステリーゼ」
 ユーリとエステルが、ともに歩んでいける未来を、と。 
「ヨーデル…ありがとう」
 ヨーデルの言葉が嬉しくて、ともに祝福を受けられるのがユーリで。
 
 ああ、なんて幸せなんでしょう。

 
 ちゃんとプロポーズ、してくれましたから。
 だから今度は私から。

 好きです。
 好きです。
 ユーリのことが、大好きです。                        



 


すみませんホント遅くなりました…!!(開口一番に懺悔って情けなさすぎる自分orz)
さっき見たらカウンターがざっと100ほど増えてまして、かなりびっくりしました。うわわ
ありがとうございます!!お楽しみいただけたでしょうか。
今週はユリエスでした。ブームの分かりやすいこの長さ(笑)結婚前提の話ばかりだったので、
今回は婚約という、結婚のいっこ前のお話にしました。甘くなってますか?大丈夫かなぁ。
来週はちょっと日数もないので、短いお話になるかと思います。また読んでいただけたら嬉しいです。