ただ、あなたの笑顔のために

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 無理だって、どこかではわかってた。
 あのまっすぐな目を前に、隠し続けられることなんてないんだって。

 

 

交響曲第61番「空色天使」0楽章

 

 


「コレット、ちょっといいか?」
 ロイドが何かを確信したように言った。
 私はうなずいて、少し離れたところでロイドを待った。
 ――――気づいちゃったかな……。
 でも、まだなんとか…なんとかごまかせるはず。
 平気だって、だいじょぶだって笑えばいい。
 ちょっと変に思うかもしれないけど、だいじょぶ。
 そう言い聞かせた。
 サクサク草を踏む音がして、私のすぐ後ろで止まった。
「どうしたの?」
 振り向いてロイドに問いかける。
「たまには二人っきりで話でもしようかなってさ。……これ」
 控えめに笑ったロイドが差し出したカップ。
「ありがと」
 受け取ったカップがあったかいか冷たいか、もう私にはわからない。
 飲んでも、味がわからない。
 せっかくロイドが持ってきてくれたのにな…。
「熱いだろ」
「うん。アツアツだね」
 そっか、これホットなんだ。そう思ったら。
「それ、アイスコーヒーなんだ」
 すぅっと胸が冷たくなった。
「……え?」
 ロイドがコーヒーを見たまま続ける。
「ジーニアスに冷やしてもらった」
「あ、あはは。そう、だよね。冷たいもんねぇ」
 なんとか笑うけど、心臓がドキドキしてる。
 ロイドは真剣な顔で、もう一度ゆっくり言った。
「うそ。ほんとはホットなんだ」
 するりとカップが落ちた。
 私は、それ以上ロイドを見ることが出来なかった。
 ――――やっぱり、あの時気づいちゃったんだね。
 ロイド……。
 うつむいた私の頭に、ロイドの声が落ちてくる。
「やっぱり…! おまえ、いつからだ! なんにも感じなくなってるじゃねぇか!」
 ハッと顔をあげる。
 怒ってる。ロイドが、私に。
「そ、そんなことない…っ」
 反論も虚しく、ロイドがさらに畳み掛ける。
「うそつけ! さっき転んだ時にはもう感覚がなかったんだろ!?」
 のどで息が凍る。
 言い返したいのに、言葉が出てこない。
 もう一度うつむく。
「それは……」
 それは違う、なんて言えなかった。
 強いめまいの直後。
 ロイドと転んだ私は、出血してるのに痛くなかった。
 ――――なにも、感じなかった。
 すぐ傍にいるロイドは痛みで顔をしかめてるのに、私はへっちゃらだった。
 ロイドとは、違う。
 普通の人とは、もう違う。
 ……平気。このくらい、だいじょぶ。
 これが天使になるってことだもの。
「あんなに血を出してるのに…オレが手を握っても平気なんておかしいだろ!」
 しぼりだすような声に、私は目を閉じた。
 ――――うん、そうだね。
 もうごまかせなかった。

 でも、本当はわかってた。
 隠し続けることなんて無理だって。

 だってしょうがないよ。
 私、ロイドにはすっごく弱いんだもん。
 いつだってそう。
 まっすぐな、揺らがないその目。生きてる全てを支える大地の色。
 それとおんなじ、私を「コレット」として接してくれた広い心に。深い優しさに。
 ずっとずっと、支えられてきたんだもの。
 だから知られたくなかった。
 大好きだからこそ嘘ついてた。
 ジーニアスにもクラトスさんにも、誰にも知られたくなかったけど。きっと
この旅の終わりを見たらわかっちゃうって思ってたけど。それでも。
 ロイドには知られたくなかった。
 私を私として認めてくれたロイドには、最期までコレットでいたかった。
 足元には、落ちたカップとこぼれたコーヒー。
 顔をあげたら、拳を握り締めて唇をかむロイドの姿が見えた。
「ばれちゃったんだ」
 でも、他の嘘はまだ通せる。通さなきゃいけない。
「最近おまえメシ食ってないし」
「食べてるよぉ~。エヘヘ」
「数えるほどだろ。それだけじゃない。……おまえ最近寝てるか?」
 草を踏んで前へ。息を吸ってから、振り向いて笑う。
「寝てるよぉ~。エヘヘ、ほら目も赤くないし」
 とうとうロイドが怒鳴った。
「うそつくな! おまえ、昔から嘘つくと愛想笑いするんだ」
「……っ」
 肩が震える。もうだめだった。
 どんなに頑張っても、ロイドにはもうわかってるんだ。
「オレはそんなに頼りにならないのか?」
「違うよ!!」
 ロイドくらい頼りになる人なんていない。
 クラトスさんが強くても、ジーニアスがたくさんのこと知ってても。

 それでも、いつだってロイドに一番そばにいてほしい。

「心配かけたくなかったから…」
 ロイドは優しい。だからきっと迷っちゃう。
 世界再生を。私の使命の正しさを。
「……何があったんだ」
 押し殺した声に、私は全部言うしかなかった。

 

 

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