「…どうして」
ザクザク荒々しい足音がして、私が取った距離をロイドが縮める。
肩をつかまれて、もうどこにも逃げられなかった。
「どうして言わなかったんだ!」
「だって! きっとこれが天使になるってことでしょ? そしたらこれぐらいで
うろたえてちゃダメなんだって…」
胸の前でギュッと両手を握り締める。
そうしないと、抱えた気持ちを全部ロイドに言っちゃいそうだった。
言わずに、ただこの胸に秘めたままにすると決めた想いまで。
「これが天使になる? 食べなくなって眠らなくなって何も感じなくなることが!?」
激しいロイドの言葉に、私は必死で言いつくろう。
「あ、でもね、目はよくなったの。すごく遠くまでよく見えるし、音もね、小さな
音までよく聞こえるよ。……聞こえすぎて、少し辛いけど」
普通の人じゃなくなっていく、その証。
でもこれが、天使として生まれ変わるってこと。
世界再生を成し遂げるってこと。
実際なってみると辛いけど、ロイド達を守るためだから。
だいじょぶ、がんばれる。
静かになったロイドをそっと見上げる。
固く固く目を閉じて、唇をかみ締めて。
「ロイド…?」
ほとんどない彼との距離を、小さく一歩埋める。
瞬間腕を引っ張られてバランスが崩れた。
ロイドの肩越しに、星が見えた。
感じられないロイドの体温が伝わってきそうなくらい、きつく抱きしめられた。
「ごめん…今までオレ、全然気づかなくて…ごめん。ごめんな、コレット」
何度も何度も、ロイドは謝ってくれた。
ロイドはなんにも悪くないのに、どうして謝るの。
黙ってたのは、嘘ついてたのは私なのに。
震える声でロイドが泣いてることがわかる。
息遣いを感じられなくたって、わかるよ。
ロイドが私を見てたように、私もロイドを見てたんだから。
「みんなには言わないでね」
「どうして!?」
「だって、せっかく一緒に旅してるんだもん。楽しくしていたいの。だから…ロイド
も気にしないで。ねっ?」
「…ばかやろう…っ」
「ごめんね、ロイド。ロイドが私のために泣いてくれてるのに、すごく嬉しくて…、
本当に泣きたいくらい嬉しいのに…私はもう涙も出ない…。ごめんね――――」
ロイドのために泣くことすらできない。
ロイドが抱きしめてくれるのに、私はこの手を離さなきゃいけない。
私にはロイドを想う気持ちすら残らない。最期になにも残らない。
泣けないことがこんなに辛いなんて、知らなかった。
あと少しで「コレット」はいなくなる。
彼がずっとそばにいてくれた、世界で一番幸せな女の子は、いなくなる。
いなくなるの――――。
「…オレは」
さっきよりロイドの声が大きく響く。
「コレットが天使になってもこのきもちは変えない。変わるもんか。こんな…っ」
「ロイド」
「絶対変わらない。オレはコレットが好きだ。昔からずっと、大好きだ」
「…!」
「みんなには言わない。コレットがそう望むんなら。だからこれだけは覚えててくれ」
「…ありがと、ロイド」
覚えてる。最期の瞬間まで。
あなたは私の最期を知らない。だからきっとまた泣いちゃう。
でももう心は揺れない。
空に、風に、大地に、花に、雨に。
ロイドの目に映るすべてのきれいな景色になって、ずっとロイドと一緒にいるの。
それってすごく素敵なことでしょう?
だから笑っていて。
ロイドの笑顔があれば、私はなんだってできるの。
だから――――。
光が満ちる。
その向こうで、ロイドが駆け寄ってくるのが見えた。
『行くな。コレット――――!』
完全に意識が沈むその瞬間、ロイドの声が聞こえた気がした。
OVAは泣いた…。もうぼろっぼろ泣きながら、母の内職をやってました。
この話はゲーム沿いだし、脚色もしてますが。それでも2人のこのどうしようもなさを、
少しでも伝えられたらいいと思います。