NO.7

 「アッシュー、さぼってる場合じゃないんじゃないの? 今度の休みもなしにしちゃうよー?」
 アッシュの後ろからひょこっと顔を出したナタリアはあら、と声を上げた。
「アニスではありませんか!」
「ようこそナタリア。わぁ、その服かわいいじゃんっ」
 満面の笑みでアニスはひらひら手を振った。
「…アニス、もしかしてハートの女王はあなたですの?」
 いつものツインテールではなく、結い上げられた髪はくるんと丸くなっている。
 薄紅色のドレスは袖がなく、肘から下は白の手袋をつけている。
「そうだよ。似合う? 似合う?」
 アニスはぱぁっと笑顔になり、その場でくるんと一回転した。
「ははぁ、アニスがハートの女王でしたか。似合いすぎて怖いですねぇ」
 ジェイドがにっこり笑いながら言う。
 その後ろでガイが苦笑していた。
「でもアニスが女王になってからいろいろ改善されてなぁ。主に経済面で」
「そうでしたの。よかったですわね」
 ナタリアの言葉にガイは少し首を傾げた。
「よかった、んだけどな。一応は」
「馬車馬のようにこき使われてる俺たちはないがしろにされている。薄給なのにやたら仕事
が多い。これ以上の政務はごめんだ」
 吐き捨てるように言ったアッシュの手に握られていた紙を、ナタリアは何気なく覗き込んだ。
「……今年一年の、ハートの国の予算案(強行突破版)?」
「それがアッシュに与えられた仕事ですよ。いかにハートの国が良くなってきているとはいえ、
この予算案では不満も出てきます。それを解消するために東奔西走し、関係する主要な人物と
交渉していたのでしょう。しかも期限が今日の夕刻ともなればぼんやりしていることなどできま
せんし」
 手に持っていた紙をジェイドはよどみなく読んだ。
「……その紙はどこから出てきましたの」
 なんとなく聞いても仕方ないような気もしたが一応ナタリアは尋ねた。
「ここは不思議の国で、私は進行係なので出てきたんです。少々時間がずれこんでいますので、
このあたりで取り戻すために利用させていただきました」
 やはりというか、答えとしてはうやむやである。
「まぁ、不思議の国ですし、ジェイドですし、あまり気にしても仕方ありませんわね」
「……時々、君の順応力はすごいと思うよナタリア」
 感心した風情でガイは言った。
「だらだらとした会話はいい。とりあえず予算案はかたづいた。俺は次の仕事に移る」
 無造作に出された紙を「ありがとー」と悪意のなさそうな(本当にそうであるかはともかく)
笑顔でアニスは受け取った。
「お前も帰れ。邪魔だ」
「いいえ、ここにいます! 顔色も悪いですし、心配ですわ。何事も体が基本なのですから、
無茶は禁物です。……そうですわ、わたくしがなにか体力のつくものを作ればよいのですね」
 ぴきん、とその場が凍りついた。
 といっても、凍りついたのは三人で、残りの一人は相変わらずだった。
「……いや、それはやめとこう、ナタリア」
 両手をあげてガイは神妙な顔でストップをかける。
「なぜです? 大丈夫ですわ、これでも少しは上達しましたのよ」
 腰に手を当てて誇らしげに言うナタリア。
 あの段階から少し上達って。というか上達したかがまず疑わしい。
「愛ですねぇ。アッシュ、つらい仕事も無駄ではありませんでしたね。手料理が食べられるとは
喜ばしい限りです」
 後半は棒読みである。
「そんなこと言って、大佐は食べないんでしょ?」
 半眼でアニスはジェイドをつついた。
「ええ。せっかくナタリアがアッシュのために作るんです。つつしんでお断りしますよ」
 いいことを言っているように聞こえなくもないが、遠まわしに食べたくないとはっきり言っている。
 やれやれとため息をつくアニスと楽しげなジェイドはほうっておき、アッシュはナタリアに言う。
「お前がいなくてもどうとでもなるし、どうにでもする。このぐらいで倒れるほうが軟弱なだけだ」
「いてもいなくてもいいなら、わたくしは一緒にいるほうを選びますわ」
「……」
 黙ったまま見つめてくるアッシュを、同じように見返す。
 そもそもここまで来たのも、ストーリーの流れもあるがアッシュに会いたかったからだ。
(ここは負けませんわ)

「……そういえばナタリア、ルークたちと会ったかい?」
 ふと思い出したようにガイは尋ねた。
「え、ええ。そういえばクッキーも頂いてしまって。…そうですわ!」
 ぱっとひらめいてナタリアは両手を合わせた。
「一から作るのもなんですし、そちらを頂きません?」
「へー、ルークとティアは相変わらずラブラブなんだ」
 アニスがくすくす笑う。
「待て、俺は助けなんかいらないと」
「アッシュ、あまり意地を張るのは損ですよ。ここはナタリアの気持ちをありがたく受け取って
おくのがベストですよ」   
 いやむしろ受け取れといわんばかりのジェイドにアッシュはうっと詰まる。   
「それにこの申し出を断るなら…最初にしぶしぶ了承したあなたの要求を取り消さなければ」   
 わざとらしくふぅっとため息をつき、ジェイドは眼鏡を押し上げる。   
「アッシュの要求…?」   
 なんのことだろう。   
「貴様……。チッ、しょうがない。手を借りよう」   
 不承不承といった風情のアッシュに、ガイが苦笑いした。   
「すごい上から目線のセリフだな」   
 と。 

 

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