NO.9

  夜。
 ナタリアは用意された部屋の長椅子に座っていた。

 城に招かれて、アニスたちと晩餐をともにして談笑して。
 自分の知っている不思議の国の少女の物語とはまったく違う、和やかな時間がすごせた。
 けれど、まだアッシュとほとんど話せていない。
 せっかく会えたのに。夢とわかっていても、現実に会うことが稀だからとてもうれしいのに。
 予感がする。それが気のせいではないことを祈って。
(アッシュに会いたい)
 スッと立ち上がると、ナタリアは扉を開けた。

 ノックの音で、彼は剣の手入れの手を止めた。
「…誰だ」
「わたくしです。…入ってもよろしいですか?」
 遠慮がちな声に、アッシュはため息をついた。
「入れ」
 短く言うと、すぐに扉が開いた。
「ごめんなさい、こんな遅くに」
「なにかあったか」
 問いかけ(断定に限りなく近い)たアッシュの服を見て、ナタリアは首をかしげた。
「昼間と服が変わってませんわね」
 自分はアニスに客人用の寝巻きを貸してもらったのでそれを着ている。
「ああ。剣の手入れが終わってから着替えるようにしているからな。それよりこんな遅くになんだ」   
「アッシュと話したくて…。まだいろいろわからないところもありますし」   
「長くなりそうだな」   
「…ごめんなさい。やっぱり明日にしますわ。お仕事でお疲れでしょう?」   
 こんな遅くに訪ねては迷惑だとは思った。けれど、どうしても今会いたかった。   
 そして、アッシュもそう思っていてくれたら、なんてささやかな願いに近い予感を抱いて。
 もちろん、ノックした時点でアッシュの返事がなければあきらめるつもりだったのだが。   
「…構わん。いつもこの時間は起きているし、俺に答えられることなら答えてやる。どうせあの   
<死霊使い>はろくに説明もしていないんだろう」   
 アッシュの無愛想な裏の優しさに、ナタリアは大輪の花が咲くように笑った。
「ええ。ありがとうございます」   
 

 

 

 

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