◇NO.3

 ほどなくして、白と黒のチェック柄になった床が見えた。        
 羽が舞い落ちるように、ナタリアはその場に着地した。        
「ここを進めばいいのですね?」        
 薄暗いが、遠くに見える曲がり角の向こうは明るい。        
「ええ」        
「分かりましたわ。行きましょう」        
 ぐっと拳を握って、ナタリアは気合をいれる。        
 今は進むしかないのだ。        
         
          ◇     
        
 右にある角の曲がると、ぱっと明るい空間に出た。        
 目を瞬かせながら、ナタリアは辺りを見まわす。        
 白と黒の床から、白と水色の床になっている。自分の着ている服と同じ2色で構成だ。        
 部屋の中央には、ガラスのテーブルがある。        
 紫の液体が入った小さなボトルと、小さな鍵が置いてあった。        
「この鍵は、一体…」        
「あそこに扉があります。鍵穴の大きさから見て、その鍵とセットでしょう」        
 ジェイドが部屋の隅を指差す。白い壁に取りつけられた木製の扉はしかし、ナタリアのつま先        
しか入らないくらい小さい。        
「……この液体を飲めば、体が小さくなって先に行けますのね」        
 鍵とボトルをテーブルから取り上げ、ナタリアは確認するように言った。        
「そうです。私も行くので、残しておいてくださいね」        
 ジェイドをちらりと見てから、ナタリアはそっと飲んだ。        
 コト、とテーブルにボトルを戻した瞬間周りの景色が変わる。        
 天井が遠くなり、傍に立っていたジェイドがまるで巨塔のようだ。        
 さっきは足の先しか入らないと思った扉も、日常的に使う扉と同じくらいになった。――いや、        
変化したのは自分か。        
「ストーリーを知らなければ、パニックになっていましたわね」        
 もっとも、ストーリーどおりでない部分もあるので完全に安心はできないが。        
「では、次は私ですね」        
 半分ほど残っていたそれを飲みほすと、ジェイドも同じように小さくなった。        
 持っていた鍵で開錠する。        
 次はどんな場所に出るのだろう――――。        
 わずかに不安を抱えながら、ナタリアは扉を開けた。        
        
      ◇     
        
「ああ、やっと来たな。ええと、『ようこそお茶会へ』」        
「そんなおざなりなもてなしはいけないわ」        
 ……この世界はサバイバルゲームではないから手の平サイズの自分たちが踏み潰される        
ような場所には出ないだろうとは思ったが。        
 まさか、ティーセット一式と焼き菓子やケーキやその他もろもろ――――文字通りお茶会にある        
物が並ぶテーブルに出るとは思わなかった。        
 テーブルの周囲は木々で囲まれている。先に道がひたすら続いているようだ。        
 どうやらあの場所はこのテーブルの上の中央に置かれていたドールハウスと繋がって        
いたらしい。        
「いやだって、話は聞いてたけどこのサイズはびっくりするって。お前だってそうだろ?」        
「もちろんびっくりしたけれど…。でもお客様はきちんともてなすのが礼儀よ」        
 そしてそのテーブルに着いて話しているのはルークとティア。        
 この二人もまたいつもの服ではない。ルークは赤のタキシードを着崩しているし、ティアはナタ        
リアとよく似たシックな黒のエプロンドレスを着ている。        
「ここは…、3月ウサギのお茶会?」         
「ああ。ウサギはティアで、俺は帽子屋。ここでは3月ウサギじゃなく唄ウサギだけどな」        
「まぁ、ティアにぴったりですわね! でも…」        
 ルークは白のシルクハットをかぶっているが。        
「……可愛かったけれど、私には合わないからやめたのよ」        
 ナタリアの視線に気づいたティアが少し赤くなって答えた。        
「残念ですわ。絶対可愛いですわよ、ティアのウサ耳」        
「俺も言ったんだけどさー、ティアがどうしても嫌だって言うからあきらめた」        
 心底残念そうにルークは言った。        
 さらに赤くなりながら、ティアは紅茶を注いでいる。        
 馬鹿ね、何言ってるのよ、と呟きながらルークを軽く睨んで。        
「とりあえず、もとの大きさに戻りましょう。ティア、すみませんが私とナタリアを地面に下ろしてくだ        
さい」        
「わかりました。じゃあ私の手の平に乗ってください」        
 差し伸べられた手にジェイドとナタリアが乗ると、ゆっくりティアが地面に手を下ろす。        
「どうやって戻りますの? ジェイド」
 ティアの手の平から降りながら、ナタリアは横のジェイドに尋ねた。
「ティアの譜歌ですよ。このままではお茶が飲めませんから」        
 眼鏡を押し上げたジェイドが微笑む。冒頭から見て初めて裏のない笑みだ。        
「それじゃ…」        
 すぅ、とティアが息を吸い込む。        
 紡がれる音律は優しく、どこまでも響く。        
 何度聞いても安らぐ歌声にナタリアは目を閉じた。        
 グン、と体が引っ張られたように感じた。        
 驚いて目を開けると、どんどん景色が見慣れたものになっていく。        
 隣にいたジェイドも同様。        
「…ありがとうございました、ティア」        
「いいえ、私の役目ですから」        
 まだ唖然としながら自分の体を見回しているナタリアに、ティアは楽しそうに笑う。        
「やっぱりこっちのがいいわ。あの大きさだと可愛いけれど、危険なこともたくさんあるから」        
「でもいつもとは違った目線で楽しかったですわ。貴重な体験です」        
 席に着きながら、ナタリアはくすくす笑った。        
 民の生活には活かせないが、これはこれでいい経験だった。        
「ナタリア、ここで少し休んでいって。アッシュならすぐに追いつけると思うわ」        
「アッシュがいらっしゃったの? いつ?」        
「ついさっきだよ。お前たちと同じように人形の家から出てきて、ティアが元に戻して、ですぐに        
向こうに行っちまった。急いでたみたいだったから、ここら辺のクッキーを詰めて渡しといた」        
 ナタリアにティーコップを渡しながら、ルークは説明した。        
「そうですか…」        
「追いかけないの? ナタリア」        
 ティアがそっと尋ねる。        
 先の戦いのとき、アッシュが背を向けるたびにナタリアが不安げにしていたのは知っている。        
 だからこそ、今にも走り出していくかと思ったのだが。        
「アッシュに考えがあるのでしょう。むやみにわたくしが追いかけては足手まといですから」        
 それに、スケジュール云々を管理しているジェイドにどうしたって止められるから。        
「おや、わかりますか」        
「当たり前ですわ。ですからここで少し休んでから進むことにします」        
「ナタリアってすげーな…。なんていうか、愛?」        
 感嘆するルークに、ナタリアは照れもせずに言った。        
「確固たる証拠などなくても、わたくしはアッシュを信じていますわ。100%の愛です」  
        

  

 

 

<<前へ

次へ>>