NO.10

  彼の性格が現れているように家具が少ない部屋。飾りらしい飾りもないが、きれいな部屋だ。   
 長椅子に向かい合って座り、アッシュは腕組みしてナタリアに問う。   
「聞きたいこととはなんだ」   
「アニスが教えてくれました。ルークたちと別れたあと、アッシュが迎えに来るはずだったと。   
けれどそれを知らなかった自分が仕事を言いつけてしまったからできなくなってしまったって」
 ピクリとアッシュの片眉が上がる。
 あの守銭奴女王め、と心の中で悪態をつく。が、声には出さない。
「ありがとうございます。まずそれにお礼が言いたかったのです」
 微笑むナタリアからわずかに視線をずらし、アッシュはばつが悪そうに言った。
「べつに、礼を言われるようなことではない。万が一魔物に会いでもしたら事だからな。あの
女王のおかげでだいぶ治安はよくなったが、完全ではない。それだけだ」
「はい。でも、心配してくださってありがとうございます」
「…ほかには」
「ええ。何度かジェイドが口にする、アッシュの最初の要求とやらがなんなのか知りたいのです」
 一瞬、アッシュの周りの空気が凍った。
 それに気づいたナタリアはすぐさま謝る。
「ごめんなさい。聞いてはいけませんでした?」
「……聞きたいか?」
 どちらかというなら言いたくないが、聞きたいなら教えてやる、とアッシュは続けた。
「……聞かせてください、アッシュ」
 迷った末、ナタリアは頼んだ。
「あの屑と一緒にいた女…唄ウサギといったか。あれと同じ要求を俺も退けた、それだけだ」
 なかば自棄になった口調で、アッシュはそれだけ言った。
「ティアと同じ…要求…?」
『……可愛かったけれど、私には合わないからやめたのよ』
 彼女はそう言った。
 何が、合わないと言っていた? 自分はなんと言った?
『残念ですわ。絶対可愛いですわよ、ティアのウサ耳』
『俺も言ったんだけどさー、ティアがどうしても嫌だって言うからあきらめた』
 もしかして――――。
「アッシュ、それはもしかして…」
「その先は言うな。思い出すだけで吐き気がする」
 心底怒っているアッシュをみて、ナタリアは自分の考えが正しいことがわかった。
(アッシュが嫌がっているなら仕方ありませんけれど…見たかったですわ)
 ナタリアがじっと見つめていると、アッシュはちらりと視線をくれてから低く言った。
「俺なんかがつけるより、お前がつけるほうがよほど似合いだろう」
 こころなしか、アッシュの頬が赤い。
 ナタリアも頬を赤らめる。
(不意打ちなんて…ずるいですわ)
「…聞きたいことはそれだけか」
「あ、ええ。ありがとう、アッシュ」
 どことなくぎこちないまま、ナタリアは立ち上がった。
 アッシュも立ち上がり、扉まで見送る。
「もう遅い。明日もここにいるつもりなら、すぐに寝ろ」
「ええ。おやすみなさい」
 パタン。
 自室に戻ったナタリアはそのままベッドにもぐる。
 明日もここにいるつもりなら、とアッシュは言った。
 それはナタリアがいてもいいということで、その何気ない言葉がうれしい。
「早く夜が明ければいいのに…」
 それだけつぶやいて、ナタリアは眠りに落ちていった。
                                               

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